第4回 「残雪の槍ヶ岳」著者 村田 浩道


 4年前のこと、ゴールデンウイークに槍ヶ岳登山のガイド依頼があり、ガイド3人で出かけた。今から思えばこの日はトラブルが多かった。まず高速ジャンクションを乗り過ごしてしまった。
 上高地へ向かうので、名神高速から東海北陸道に乗り換えるのだが、気が付けば中央道へ乗り過ごす失態。しかも、東海北陸道を過ぎて、中央道までの間にあるパーキングエリアで朝飯を食べているときも誰も気づかないのだから始末におえない。結局かなりの回り道をして、なんとか東海北陸道へリルートしたのだが、ひるがの高原の3キロほど手前から大渋滞。これでは上高地の集合時間11時半に間に合うかどうか不安になった。そして、トンネルの中でついに止まった、つもりだった…。目をこすりながら早く進まないかと考えていたその時、助手席からの叫び声と同時に鈍い衝撃…。その瞬間車内が凍り付いた。

 トラブルを乗り越え、なんとか上高地へたどり着いた。横尾に1泊して翌日、雪の槍沢を詰め、そのまま一気に槍の雪壁を山頂まで登攀したその日の夜のこと。我々ガイドは3人1部屋で新館と旧館の境目あたりの部屋に入った、ちょうど裏口近くの部屋である。消灯までの時間をお客様と楽しみ、それぞれ布団に入った。
 激しく裏口の戸を叩く音で目が覚める。「助けてください!助けてください!」男性の声である。時計を見ると24時少し前、同部屋の先輩ガイドに目をやると、二人とも熟睡中のようだった。上半身を起こしかけると、先に気付いた一般のお客様が数名集まっている。大勢で行ってもしかたないか…。と様子をうかがっていると、小屋の従業員たちも集まっているようであった。

 私はこれなら安心と、ウトウトしながら聞き耳をたて、様子をうかがっていた。どうやら小屋まできた彼は、下の殺生ヒュッテ近くの平でテントを張っており、そこへ人が滑り落ちてきて、怪我はしているものの息はあるので、自分のテントのなかへ引っ張り込んでいるというのである。いろんな疑問が頭をめぐる、その人はどこから滑り落ちたのだろうか。そもそもこの時間に行動していたのか。うーん、謎は多い、でもとにかく無事なら良かった、と思うと同時にまた眠りにおちていた。

 翌朝、4時に布団から這い出すと、先輩ガイドも起きてきて開口一番「昨日の事故はどうやったかなぁ」。もう一人も「そうですね」と...。
 え??知ってたの??そんな話をしていると、夜明けと同時に救助ヘリが怪我人をピックアップしていった。
 小屋の従業員によると、槍ヶ岳山荘のテント場でキャンプをしていたソロハイカーが、夜中に用を足しにテントの外へ出たらしい。その時にテントシューズを履いたままで出たので、足を滑らして崖から滑落したという。かなりの落差と険しさがあるのに、よほどうまく滑ったのだろう。命は助かったのでとにかく無事でよかったし、夜中に緊急事態を伝えに来た彼には会えなかったが、彼の責任感と行動には敬意を払いたいと思った。
 ハプニング続きだった残雪の槍ヶ岳山行も、昼過ぎには上高地へ無事に下山し、お客さまを見送り終了となった。(つづく)


■バックナンバー
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山岳ガイドの四方山話 29

■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。