第3回 著者 村田 浩道


 潜入作戦から半月後、いよいよ富士山へのチャレンジを迎えた。富士スバルラインの5合目はとんでもない人出だ。潜入?調査員からの報告どおり、いやそれ以上である。特に国際色が凄い。みんな登るのだろうか、添乗員に聞いてみると欧米の人たちの多くは登山、アジア系の人たちは5合目観光だという。ここからは富士山頂は見えないのだが…。

 手洗いに行っただけで行方不明になりそうな人ごみの中、準備運動をすませ出発の時間を迎えた。見ると、となりの団体には富士山ガイドがついている、腕に腕章をしているからすぐにわかった。なにやら全員登頂へ向け円陣を組み、気合をいれている。
 ふむふむ...我々も儀式としてやることにした。初日は7合目付近の小屋まで2時間程度の行程だ。それでも標高2300mまでバスで登って、2700mあたりまで行くのだから、軽い高山病の症状が出る。

 ヘッドライトが必要となる直前で小屋に到着。富士山の小屋は他の山域と比べるとその様子は全く違う。ジグザグに作られた登山道の狭いスペースに建つのだから無理もないが、とにかく窮屈なものだ。そして夕飯も流れ作業的に終わり、山小屋でのゆったりとした時間を楽しむというような雰囲気とは、おおよそかけ離れた殺伐とした感じさえした。  まぁ、元々が富士講修験者のためにつくられた小屋だから、その流れが現代まで浸透しているのだろう。これも潜入調査員の報告以上であった。
 なにより驚いたのは、小屋前の登山者の列が一晩中途切れない。外へ出て様子をうかがうと、登山口付近から山頂に至るあたりまで、ヘッドライトの明かりが延々と続いている。  そして小屋の周りには、オーバーペースだったのか、高山病なのか、ぐったりと座り込む人もいた。これから冷え込んでくるし、雨でも降ってこようものなら危険な状態になる。しかし、ここではそんな人たちが大勢いた。山頂付近まで延びるヘッドライトの行列が恐ろしく感じた夜だった。

 翌日の山頂チャレンジは天候もまずまずで、予想よりもはるかにスムーズに進んだ。2名は途中の小屋でお休みいただいたが、大きな問題もなく剣ヶ峰からお鉢めぐりをして終了した。
 この後は8合目でもう一泊した後、富士スバルラインの5合目まで下山した。私自身も初の夏富士登山は、お客様と一緒に登頂することができたし、なによりお客様の満足そうな笑顔にこちらも達成感を得た。が、この夏富士登山は非常に危うい側面もみてとれた。富士登山はテーマパーク化しているのである。5年ほど経過した今もこの状況は変わっていない。

 富士山頂は標高3,776mで日本一高い山であり、真夏でも体感温度はマイナスになることも珍しくないし、霰が飛ぶことだってある。小屋の多さや登山道の整備のおかげで、そこにあるリスクが隠されてしまっているのである。どんなに多くの人が登っていても、どんなに綺麗に整備されていても、登山はリスクと向き合う遊びだということを、あらためて伝えていきたい。(つづく)


■バックナンバー
山岳ガイドの四方山話 1
山岳ガイドの四方山話 2
山岳ガイドの四方山話 3
山岳ガイドの四方山話 4
山岳ガイドの四方山話 5

■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。