第1回 著者 村田 浩道


 山のガイドという仕事を始めて10年以上が過ぎた。お客様からは好きなことを仕事にできて良いですね、などとよく言われるが、好きなことも仕事となるとまた違ってくる。もちろん山が好きであることに変わらないが、気分が乗らない時だってある。
 もしかすると、お客様に心に残る感動を味わって貰おうなどという気持ちが、私自身のプレッシャーになっているのかもしれない。が、山はいいし、歩いて、登ると本当に素晴らしい。
 10年以上も山や渓谷という自然の中を、お客様をご案内していると、様々な出来事に遭遇する。そこで私の経験したことを「山岳ガイドの四方山話」としてお伝えしたい。

◇富士登山
 富士登山ブームといわれた時期は過ぎてしまった感があるが、私がはじめて旅行社の富士登山ツアーをガイディングした時のお話しからはじめよう。
 富士山が世界文化遺産になった2013年のことだったと記憶しているが、ある旅行社から富士登山のガイドの依頼があった。この種のツアーは集客力が群を抜いている。そのうえ世界遺産登録直後の大手旅行社企画ともなれば、大型バスでシーズン中に何度も催行されるだろうと想像した。しかし、喜んでお請けしますとは即答できなかった。なぜなら当日に初めて顔を合わせるおおぜいの参加者の登山経験とレベルはまちまちだ。参加者各人の装備なども不安だが、何よりも私自身が積雪期の富士山には何度か登った経験はあるが、夏の富士山は全く知らなかった。
 そんな私の不安を察したのか、旅行社の担当から「この商品は計5回のステップアップ登山を経て富士山を目指す商品で、お客様とのコミュニケーションも図れ、歩くスキルをアップしてから富士山に挑戦します」。だから心配はいらないと説明があった。それなら、安全登山や登山の楽しさを広めることにもつながるかもと、一抹の不安を感じながらもこの仕事を請けることにした。(つづく)

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■著者紹介

村田 浩道(むらた ひろみち)
日本山岳ガイド協会認定ガイド、トレイルコーディネーター
NPO法人日本ロングトレイル協会理事・事務局長、NPO法人高島トレイルクラブ理事ほか。
高島トレイルをはじめ、全国のトレイル活性化事業にたずさわり、ロングトレイルとビジネスをテーマに活動している。また、禅宗僧侶として、禅と登山についての考察も日々おこなっている。