記念シンポジウム要旨    

コーディネーター
 岡島 成行氏
パネリスト
 浦田 愛氏
 杉原 五雄氏
 堀 ちえみ氏

【岡島】
 パネリストの方々に10分程度、それぞれの活動および、お考えをお聞きしたいと思います。
 浦田さんから順番にお話を伺いまして、そのあと『自然体験と子ども』どうしたら子どもたちが、自然の中でのびのびと遊ぶ事ができるのか?それから、学力という事もありますけれども、子どもたちの自然体験をどの様に位置付けるのか。さらには、指導者というものはどんなものか。その辺のところをお話をまた伺っていきたい、と思っております。
 それでは、浦田さんの方から、自己紹介も兼ねながら、活動およびご主張をお願いいたします。
 
【浦田】
 皆さんこんにちは。去年ここで受賞をさせていただきまして、それで、うちの町ではまだ余韻が残っています。
 で本当に感謝いっぱいなんですけれども、私たちは、その前の年に廃校になった、木造の小さな小学校で、自然学校という、ひとつの方法があるんじゃないかと活動をし始めたところだったんですね。
 町の者のなかには「そんなのが何になるのか?」自分たちにとっては普通の事なので、それがあの、町の人たちにとって喜ばれる事だってことがよく解らない、と言う方もいらっしゃったりして、そんな反対意見もある様な中で、この受賞をいただいた事で「あ、こういう事は、今の社会の中でこんなふうに認められるような事なんだ」と、客観的な視点も、ひとついただいた様です。

「受賞の余韻が続いている」
 で、そのあと、もう一度うちの町を見直そうと、一部の人たちでやっていた事を、もう少し広くの人たちが、目を向けてくれる様になりました。たった98軒の町ですけれども、その町を、もう一度揺り動かす様な事を今続けています。
 で、つい1週間前には、シンポジウムを行いまして、町のおばちゃんやおじちゃんや、おばあちゃんが一緒になって「うちの町はこんな町なんだ」とか、それから外から入ってきて住み始めた人は、「この町をこういうふうに思ってるんだ」という様な話をしたりして、本当にまだ、まだまだ、この『トム・ソーヤー』の受賞の余韻が続いているところです。きっと、あと5年10年と続くんじゃないかなあ、と思うんです。

 なかなかね、この小さい町が注目される事っていうのは無いので。また、御陰様で新聞やテレビにも取り上げていただく機会も持ちましたら、そしたら市が、三次市っていう所なんですけれども、市もちょっとこう「認めてあげようかな」という様な動きも出まして、本当に、そういった意味も込めまして感謝しています。
 これからも、いろいろと、ホームページなどでも、関わりが持ち続けられたらなと思いますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 今回のテーマで『自然体験のある子どもは学習能力とか応用能力が高い』というテーゼについて考えてみたい、という事だったんですけれども、これについては、まず、「地域に住んでるおじちゃんたち」を注目する事ができるんじゃないかなと思います。
 自然体験というのは、べつに特別な事ではなくて普通に、住んでいるだけで自然を体験している様な場所で、今でもずっと薪で風呂を焚いている様な所が、いっぱい、家がある。うちも薪で風呂を焚いているんですけれども。

「おじちゃんたちが『かっこいい』」
 私は都会で育って、田舎で暮らしてみたかったので、その町に行ったところ出会った男性と結婚をしまして、今、1ヶ月になった子供がいるので、もうすぐお乳が張ってくる時間なんですけれども(笑)
 えー、そういった生活を行っているんですが、そのおじちゃんたちが、私から見れば、それから自然体験に来る子どもたちから見れば、『かっこいい』んです!何がかっこいいかって、特別に準備しなくても「何か」というと、パパッと身の回りにある木を切ってきたりとか、そこら辺にある物を組み立てたりとかして、何でもやってしまうんですね。
 で、こんな事がありました。スタッフの中で、今までは青少年センターみたいな所で活動していたスタッフたちが、田舎での活動がおもしろいっていう事で、結構都会からは、広島市から車で2時間くらいかかる所なんですが、みんなでスタッフをやってくれているんですけれども、そのスタッフたちが、そうめん流しをしようって事になったんですね。子どもたちといっしょに。で、スタッフ会議でおじちゃんたちも一緒に、地元のおじちゃんたちも一緒に、そうめん流しをするには何がいりますか、どんな道具が要って何が必要でどのぐらいの時間がかかるかっていう、話し合いをしようって言ったら、地元のおじちゃんたちは「なんで話し合いをする必要があるのか」って言うわけなんですよ。「その話し合いをする必要がある意味がわからん」と。で、そう聞くと今まで青少年センターなどで働いていた人たちにとっては、まず竹はどこで調達して、誰にことわって何の道具が必要で、というのを、いちいち計画書に書いたり、時間を記入したりしないとわからないのが、おじちゃんたちにとっては「そんなん普通に、その辺の竹を切りゃいいよ」という事なんです。皆さん説明する必要もないと思いますが、そういう事なんですよ。

「『本物』に出会う事を、一緒にやっていきたい」
 で、子どもたちにとって学習能力や応用能力が高いっていうのは、どういうふうに説明したらいいのかって言ったら、私が思うのは「それが何なん?」って言われるんじゃないかな?って。
 子どもたちに「学習能力や応用能力が高いとどうなの?」と訊かれる、とか「知的好奇心があると、どうなるわけ?それが何なん?だから?」みたいな子どもがね。いま、「だから?」ってよく訊かれるんですけど、そういう子どもたちに、どう説明したらいいのかな?と一方で思うんですね。
 そしたら、私たちが、この山の学校の活動で子どもたちに出会わせたいなとか、一緒に出会っていきたいな、って思うのは、そうやって、普通にそこら辺にある物で工夫したりして、活き活きと暮らしている人たちに出会う事、『本物』に出会う事を、一緒にやっていきたいなというふうに思っています。
 で、それから、そこで、地元の人たちと一緒になって、いろんな事を学んでいくことで、地元の人たちも、一番最初に言った様に、こういう活動が今の社会で必要なんだ、という事をお互いにgive-giveでやって行けたらいいなというふうに思っているところです。

 私の発言の最後に、地域での課題のお話をさせていただきたいと思います。
 廃校跡でさせていただいてる、という話をしたんですけれども、廃校跡にいろんな都会の人たちが入ってきて、いろいろやる事に、抵抗を感じているんですね、地域の方々は。「わしらの場所なのに、わしらじゃない人たちがやっている」というふうに言っています。
 で、この事を、こういった課題をどうにかしていきたいな、というふうに思っています。「わしらの場所を、わしらが使ってやっているんだ」という意識を大切にしていきたいな、と思っています。

【岡島】
 はいありがとうございました。
 いろいろ、大事な事をたくさん指摘されまして、私の場合はおじさんがかっこいいと言われたのがちょっと嬉しかったですね(笑)
 それではまた今いくつかいただいた疑問を、またこの皆さんのお話が終わったあとに、議論してみたいと思います。
 それでは、杉原先生、お願いいたします。

【杉原】
 はい、初めまして。杉原と申します。
 私は東京の渋谷区という、東京のど真ん中の学校で校長職を、ずっとしていまして、その時に、徹底した農業体験、そして飯田の大平という廃村があるんですけど、そこで約3日間、まさに原始生活を味あわして、森を創ったという事で評価していただきまして、第1回のグランプリをいただきまして、いまここに座っております。

「自然体験が子どもたちの心を豊かにする、絶対間違いない!」
 で、自然体験が子どもたちの心を豊かにする、これはもう間違いない!絶対間違いない!これは実践してきました。そして学力が伸びる、これも間違いない!私そのおかげで渋谷区で一番人気のある学校にしてまいりました。渋谷区はいま、全部の学校、小学校も含めて学校選択制なんですよね。去年までいました中幡小学校というのは、今までわずか50人ぐらいしか子どもたちの入学がなかった学校なんですが、それをやったおかげで、今年は92名ですか、去年は86名、今までの2学級が3学級になって、たぶんこれは12学級の学校が18学級になる、すなわち地域の人がこれを認めてきたという事が歴然と示してるんじゃないかな。
 これは絶対に、私自身が退職しても全国の皆さんに自然体験がいかに大事か!って事を伝えなきゃいけない!そういう使命を私感じました。
 退職して普通、校長職を辞めますと嘱託かなんかで残るんですけど、それは一切しないで、できればどこにでも飛んで行って、自然体験の大事さを伝える仕事が大事だという事で、いま『エヴァンジェリスト』伝道師という形で、『自然体験伝道師』、まさにあの宗教じみたような事なんですけど、それをやっておりますので、よろしければいつでも声を掛けていただければ飛んで行きます。
 
「学校の自然体験の定義が非常にあいまい」
 まず、学校の自然体験の現状でございまが、これは全国で見ますと、本当に厳しい状態です。『総合的な学習の時間』が始まる以前から、教育方針として農業体験とか自然体験を熱心に行ってきた学校もあります。これ事実、いくつか有名な学校も揃ってます。自然体験の重要さは、今私が申し上げましたけれど、また文部科学省もそれをはっきりと打ち出しています。ある程度やってますし、総合的な学習の時間が始まりまして、多くの学校が実施されるだろうと、私は期待しておりました。ところがですね、ほとんどの学校は臨海学校、林間学校だとか移動教室で、それをちょっと、プログラムを増やしたっていうので、逃げてしまっている。それで自然体験学習と銘打っている所が、非常に少ない様な気がしてなりません。
 原因としてこれは何かと言いますと、まず自然体験の定義、これが非常にあいまいでございます。それから時間の確保ですね。そして学習場所の確保、特に都会の学校では難しいと思います。それから教師の力量がございます。それから予算の確保がありません。一番大きな問題は教育委員会の壁でございます。
 これは教育委員会というのは、子どもがですね、外に連れ出す時には、事前に校長に許可を得、そして教育委員会に、事前に「行きますよ」という計画書を出して、そして、やるわけですね。それともうひとつ、これもまたうるさくなってますけど、週案という、先生たちが「この時間どういう事を教えますよ」というのを、週案を校長に提出しなきゃいけない。ところがその週案との整合性がなかなか難しい。そういうものがございます。それから、校長のやる気、これは当然です。
 それから情報が不足しています。また、安全面の確保が難しくなります。候補地の選定もこれ難しい。そして保護者の理解、それから指導者不足、こういうものが障害になってるんじゃないかと思います。
 で、『総合的な学習の時間』が、時間は確保できてですね、ま、自然体験の内容は別にして、実施する学校は、さっきも言いましたけれど、ちょっと色を付けてやり出した事は確かなんですが、そしてまた今後増えそうな期待もあるんですけれど、どうも『総合的な学習の時間』が、曖昧模糊となりつつある。ここは非常に問題だと思います。

「学力とは何か」
 学力不足だとマスコミが騒ぎ出してきました。そこで「学力とはなんぞや」と言う事をね、ほとんど踏み込んで議論してないんです、マスコミも含めて。何となく算数や漢字の知識を、ペーパー試験、ペーパーテストが、○×ではっきりとできる事ならば、これを学力と称してる。
 誰もが知っていますように、この学習は何年生で習いますよ、というのがあるんですね。学習指導要領が。もの凄くビッチリとしています。それに沿って教科書が作られています。教科書で作られているものは、全部教えなきゃいけません。それから教科書に載ってない事を教えるのは、これはなかなか難しい!必ずクレームがつきます。そうなってですね、現場のほとんどの先生たちは、真剣に全員が理解できるように努力していると思います、ほとんどの先生は。一部、変なのがいますけれど。で学校でも指導法の工夫、TMティーチングだとか、習熟度別学習だとか、そういう事で非常に努力しています。それから教員研修で先生たちも一生懸命努力しています。

 ほとんどの子ども、現実ここが大事なんですけど、ほとんどの子どもがですね、この単元で決められた事は、学習内容はペーパーテストで合格しているんです、その段階で。その段階では必ずペーパーテストでできましたよ、って事になるんです。そうしなきゃいけませんよ、ってなってますから。ところがですね、それがすぐ忘れちゃって継続性が無い。ここに問題があるんじゃないか。今の評価はですね、だいたい絶対評価といいまして、「わからさなきゃいけない」という評価なんですよね。クラスで何人がAで、何人がBだというんじゃなくて、わかればいいよ、という評価なもんですから、単元終了時ではだいたいテストによって学力はついてるはずです。ですから通知票には「できています」という評定をしております。ほとんど「できています」になっています。その時点では「学力はついてる」わけですね。「知識」と置き換えていいですけど。ところがですね、それが忘れてしまっている。すなわち、知識そのものがテストのためのものになってしまって、実社会に役立つ日常生活に何ら使われてないものが多い。これはもう大人の社会の問題になってくるんじゃないかな、って気がしてならないんですね。

「学力は生活の知恵として利用もの」
 私はですね、学力とはペーパーテストで計れるものではなくて、生活の知恵として利用する事であるんだと学力ととらえています。ですから、そういう認識を持って、そういう認識を全国民が持って、学校が、そういう様に意識をして指導していけば、学力は伸びるはずなんです。
 で、つい最近、これは大笑いなのですが、新聞やテレビでですね「赤十字」のことを「あかじゅうじ」と読む子が多かったと、これで大騒ぎで、まるで大問題になってるがごとく、テレビでも取り上げてますね。なんじゃい?と思うんですけどね。そんなにセンセーショナルに取り上げる問題かな?という気がしてならないんです。というのは、赤十字がどういう組織で、どんな働きを持っているか、以前ならきちっと教えました。ところが、いま、そういう赤十字のやってる事、あるいは赤十字そのものが話題にならない。普段の生活でほとんど出てこない。ですから「あかじゅうじ」と読んだって、これは普通だと思うんですよ。ほんとに「せきじゅうじ」って教えたかったら、赤十字が大事なんであれば、学校で、あるいは新聞で、普段から赤十字は何たるもんなんだよ、ってきちっと教えなきゃいけない。ところが赤十字を教えてないのに、これをもってきて「あかじゅうじ」と読んだ、これは学力低下だ、これはちょっとおかしいんじゃないかなって気がしてならないんですよね。

「大人の方が学力低下?」
 確かに、漢字を読んだりする機会が少なくなっている事は確かです。でも、大人がずっと低下してるんじゃないかと思います。隣に堀さんがおいでになって、本当に失礼なんですけれどね、例えばテレビで、ある日突然、テレビ番組でテレビタレントに漢字のテストを出したとしたら、恐らく小学生より以下の成績になるんじゃないかな、という気がしてならないんですよ。だから、そういう人こそ学力低下なのに、小学生だけが学力低下だと。で、持続することを教えてないもんですから、小学生の何年生には、きちっと掛け算の九九ができてるはずなのに、割り算ができてるはずなのに、大学生ではできてない。忘れてできないような事、それを問題にしている事自体が、問題じゃないかな。だいいち、計算機があって割り算の機会する必要が無いわけですよ。大学生見たら365×365はいくらだったら、ポンポンポンと出せば、小学生でもわかりますよね。それを筆算ができないからといって、掛け算ができない、割り算ができないと指摘する事自体が問題じゃないかな、という気がしてならないと思っています。

 ですから真の「学力」っていうのは、「人間が人間らしく生きていくための知恵」である、さっきも言いましたけど。ですから「思いやり」「やさしさ」「協調性」「社会性」「自分で考える力」それから「耐える能力」、そして「知識を自分で咀嚼して知恵にする能力」、それが基礎、基本だと思うんです。その様な力を身につけて、基礎・基本的な力を身につけるために何が必要か、これが、まさに実体験であり自然体験なんだ!私はそうとらえています。だから自然体験が大事な様な気がします。

「子どもの自然体験が日本を助ける原動力に」
 そこでですね、この様な知識を身につける、能力を身につけるために何より必要なことは?ってのは、幼い時の生活体験・実体験だと、私は思っています。ですから、幼い時の実体験・生活体験が、優しい思いやりの気持ちをふくらませていきます。協調性や自制だとか、能力が養われていきます。なかでも自然の中で体験したこと、自然の怖さとか凄さとか、それから自然の大事さ、というのが身にしみてやります。
 その中では「お前は何点だ」ってのではありませんので、友達との絆が深まります。ですから、幼稚園の頃、小学生の頃、あるいは中学生の頃に、自然の中で、子どもたち同士、本当に生きた学習をさせるという事が、何よりも、今の日本の子どもたちを助ける、日本を発展させる原動力になるんじゃないかなと、そう思っております。

 私の例でいきますと、農体験。農体験なんてものすごく良い例で、実は都会の真ん中の学校で野菜を作らしてるんですけど、6年生の子どもがですね朝、大根に「おい大根元気かい、おはよう!」こう言うわけですよね。私自身が、百姓経験して大根ってのは、声掛けると大きくなるよって実感して、信じてますから、それを子どもたち先生たちに教えるわけです。そうすると、それを素直に聞いてくれて、6年生の子どもが、朝、先生に挨拶するのは当然なんですけどね、大根に「おはよう!元気かい」こんな子どもが悪いわけないですよ!だから日本中こういう子どもを作んなきゃいけない!これこそ大事じゃないかな、って気がしてならないんですよね。

【岡島】
 はい、はい、ありがとうございました。
 もうほんとはねえ、ひとりで1時間半ぐらいしゃべらないと済まない感じですけども、まあ今日は4人、3人でシェアするという事で、ちょっと我慢していただきまして。
 それではあの、堀さん、お願いいたします。

【堀】
 みなさんこんにちは。堀ちえみです。
 私には、あの、5人の子供がおりまして、で、4人男の子で、最後に娘に恵まれたんですけれども。主人との出会いも、自然を通してでした。それで、子どもを育てていくにあたって、やっぱり自然と共に大きくなっていけるような、自然の中での子育てができるような教育をしていきたい、っていうことで話し合いまして、上3人の子供たちは、ほんとに小さい時から、まず、キャンプに連れて行きました。それでキャンプに連れて行って、自然体験ですね。あとご飯も自炊ができるように、自然となっていったんですけれども。そういうふうに成長してきました。

「ローインパクトな自然体験を」
 そのうち、最初はね、まあ子どもが小さかった事もあったので、キャンプ場でのキャンプを家族で体験してきたのですが、やはり、わざわざ与えている感がどうしてもありまして、いろんな問題も見えてきて、本当に自然の中でのキャンプも体験してみよう、とやってみたんですが、やはり、自然を、大切にするためにこういう事をやっていっても、きれいにゴミを持ち帰っても、汚してしまってるんじゃないか、っていう罪悪感もありまして、キャンプをやめましょうという事になりました。
 こんどは自然に対して、人間が傷つけない様にできるものは何だろう、という事で、それで山登り、ハイキングを始めたんですね。それも、やっぱり登り方とか、あといろんな問題が出てきて、奥まで踏み込んでいけば、いろんな問題が出てくるもんだな、と思いながら、でも、子どもたちに自然を体験させたいと思って、それは続けています。

 何が子どもたちの成長に良かったかと言いますと、子どもたちを自然の中で育てて、教育をしている間に、まわりはみんな小学校受験だ、小学校が済んだら中学受験だ、という形で、みんなどんどん学習、勉強ですよね。勉強をしていく方向に親が舵をとっているのに、のんきだなと思われていたみたいで、「こういう事してたらあとで大変だよ」、「追いつけないよ、みんなもう、その間に勉強してるんだよ。土曜日も日曜日もないんだよ」っていうような状況を、友達とかから見せられつつも「いや、楽しいから。土日、せっかく休みだし、自然の中で楽しんでるんだよ」って、「それをしてるだけだから」って「勉強はあとからでもできるから」っていうふうに、言っていたんです。

「自然の中で培ったものが受験でも発揮」
 みんなが勉強してる間に、何がみんなより育ったかな、と昨日もちょっとじっくり考えてみたんですが、やっぱり精神的なたくましさ、それに先程も先生方からお話しがありましたけれども、優しい心、そして、ねばり強さ、そういうものが、本当に精神的なものが非常によくそなわってきました。自分の子どもを褒めるのも、ちょっと気恥ずかしいんですけれど、育ってくれたなあと、思っております。
 で、受験に対しましては今、長男が中学3年生、次男が中学1年、で、三男が小学校6年、そしてあと、4才と2才の子どもなんですけれども。このあいだ、自分の意志で中学受験をしたいと言いまして、次男を受けさしたんです。やはり中学の受験をするにあたっても、自然の中で培ってきたものが、大いに発揮してくれまして。

 私が教えたわけでもないんですが、自分で学んできた事、その事を大切にして受験にも臨んでくれたと思います。そして、成果もそれなりに出したみたいですし、私が教えたわけではないのに、全部学習してるっていうのは、本人たちが自然の中で気付いてきた事、考えてきた事、感じてきた事、それを大切に思って育ってくれたからだと思います。
 それから、自然体験というのは、本当にさせるとなると勇気のいる事だと思うんです。でも、やってそのなかで親子で楽しんで、良い親子関係を育むという意味でも、非常に大切なものだと、私は痛感います。
 ちょっと勘違いしてしまう時もありまして、子どもにはやっぱり学習が必要だからと、ゆとり教育に関しても、なんか危機感を持ってしまっていまして、このままでいいのかなと、次男の中学受験がなければ、上の3人とは違う子育てを、下の2人に与えなければいけないと思って、焦った時期もあったんです。今あらためてゆっくり考えてみると、何も焦る事はない。子どもらしさを築いていくには、子どものうちに子どもとして、私たちが体験してきた事と同じように、自然と向き合って、体験をさせていかなければならないんではないかな、と思っております。

「自然の中で本を読む」
 学習の面でも、理数に関しては自然に、自然の中から学んでいってくれたと思います。
 国語に関しては、感じた事、気持ち、それを大切にしていろんな書物に目を向けてくれました。自然体験の中に、必ず1冊の本を持っていって、ゆったりした時間に、好きな本を読むという事を、親子で心がけていました。それが、良い環境の中で読めた本というのは、頭の中によく入っていたんだと、今となって思います。
 社会は自然の中で学んでいく事。人間関係も自然の中で学ぶ機会が多かったように思います。あとの学習に関しては、憶えるだけなので、まあクリアしてくれたんじゃないかなと思っております。

 やはりこうやって考えてみますと、自然の中で過ごしてきた時間・機会というのは非常に大切だったんじゃないかなと痛感しております。ですから、今日はこのシンポジウムでみなさんといろいろお話しができる事を楽しみにして、やってまいりました。どうぞよろしくお願いいたします。

【岡島】
 はい、ありがとうございました。
 ここで審査員先生がたくさんいらっしゃるんですが、今日は、明治大学の星野先生に、い今の3人の方のお話しを、総合してコメントをちょっといただければと思います。

【星野】
 審査員をしています明治大学の星野と申します。 
 審査の過程で思った事もそうですが、今日ここで伺ったのも、やっぱり、学校の教科書では教えられない事っていうのは、たくさんあるんだなあという気がしました。
 みなさん教科書で教えられない事を、身をもって実践、しかも自然の中で、体験を通して教えてるんだなっていうのを、つくづくと感じましたし、文部科学省の政策等で総合的な学習の時間が減るというふうな話もありますけども、やはり誰かが、自然の中に子どもたちを連れ出してですね、教科書では教えられない事を教えなきゃいけない。それは我々がこれからもずっと、やっていかなきゃいけないんじゃないかなと、改めて強く感じました。どうもありがとうございました。

【岡島】
 どうもありがとうございました。
 3人の方、短い時間で恐縮でございました。 

 いくつかの点があったかと思うんですけども、忘れちゃいけないのはあの、例えば平均寿命、いま安藤百福さんが95才。日本はこんな狭いとこで、公害の多いとこでね、戦争に負けて大変な騒ぎしたのに、なんで男も女も世界一なのか?いろいろ考えてみますと、今の長寿の方々っていうのは、簡単に言うと、メザシと味噌汁で育ったような人たちで、今の子どもとは、全然違った状況で育ってますね。例えば自然体験も同じですね。この日本を戦後から這いつくばって、立ち上げてきた人たちの子ども時代と、今の子ども時代とよくよく比較してみなければいけないと思うんですね。

「自然とのふれ合いが大切なことを忘れてる」
 そういうなかで、浦田さんは「本物」という言い方をされましたけど、見える学力だけで勝負しないで、人間として本物の人が、おじさんがかっこいい、という言い方をされましたし、それから杉原先生も「学力とは何か」という話をされました。
 堀さんも、ご自身のご経験から、結局大人が今、何をしたいのか?誰でも無意識に「勉強しなさい」「良い学校行きなさい」って言いますよね、だいたいの人が。じゃあ何のために?ってところを、本当に子どもに聞かれると、わかんないんですね、本当のところは。じゃあおじいちゃんはどうしたの?じゃあ今、浦田さんの言ってる、田舎で本物の人は、じゃあサラリーマンより偉いの?いろんな事を聞かれたら、わかんないわけですね。
 大人も何となくわかってなくて、ただ言ってるだけで、大人が、杉原先生のおっしゃったように、見えないところ、何だかわかんないものに脅かされて、見える学力だけにすがってる。英語の点数、数学の点数だけにすがっていて、大事な事は、今の子どもが70,80になった時にどうなるんだと、いう想像力がかなり欠如しているんじゃないかと思うんですね。その辺のところをよくよく考えなければいけない。

 そういうことで、「どんな人間になっていくのか」とか、「どんな国を作るのか」とか、そういうところを、少し大人が考えなきゃいけないんじゃないかと思うんですね。今、ここにいる我々自身が考えないと、我々も基本的な事を何にもそんなに突き詰めないまま、子どもが成績良いと、ただ嬉しいから喜ぶ。成績が悪いと怒る。見える学力に振り回されるところもあるんですけど、そんな点からちょっとつっこんでいって、今の日本を作ってきた、例えば安藤百福さんのような方が育ってきた。
 その過程における子どもの育て方とですね、比較してみればよくよくわかるんじゃないかと思うんですね。そんな点で我々が今ここで立って、この壇上で言ってる事は、自然とのふれ合いが、非常に大事なものなんだけれど、忘れてるんではないかと、いう視点だと思うんです。

 杉原先生ちょっと時間が足りなかったらしいんで、もともとオーバーしてんだけど、またちょっと言ってみて下さい。杉原さんから入っていって、堀さん、それから浦田さんと、つながっていきましょう。

【杉原】
「日本人の原点は季節感を持っている人種」
 いま我々が、戦後、あまりにも便利で快適だっていうものが「正」だと、逆に不便なものが「悪」だという様な意識で、ずっと過ごしてきたんじゃないかな、と気がしてならないんですよね。ですから、自分が楽する事が正しい、便利になればなるほど良い事なんだ、だから便利に対してのアンチテーゼは全て悪なんだよ、という様なかたちでやってきて、学校教育もそれでずっと通してきたんじゃないか。その弊害がここに来て出てきてるんじゃないかなと気がしてならないんですよね。
 だから今、少年犯罪が増えてるとか、大人の犯罪が増えてるだとか、元をただせばその考え方じゃないか。ですから我々がもう一度ふと立ち止まってですね、「本当に大事なものはなあに?」って事を思い起こさなきゃ駄目だ、っていう気がしてならないんですね。
 ですから、私がよく地方へ行ってみなさんにお話しするのは、都会でもそうなんですけど、大人の責任として、環境をもう一回見直しませんか!という事を言っております。だから「日本人の原点は何ですか?」って私に訊かれた時には、多分、私は迷わず「季節感を持ってる人種ですよ」って答えると思います。

 どうも今の大人たちが、便利で快適だって事を前面に押し出して、ふっと気が付いた時に、身の回りに「あ、こんだけすばらしい季節の移り変わりがあるんだ」って事を、気が付く事を放棄してる!ですから、気が付く様な大人にならなきゃいけないんじゃないか、と気がしてならないんですよね。それを気が付く事によって、多分「あ、便利よりは、あっちの方がちょっと不便だけど、回り道してきれいなもん見ようよ」ってね、ふっとした気持ちになる。そのゆとりが、子どもに伝わっていくんじゃないかな。だから、子どもを育てるというのは、大人社会がゆとりを持って、そして自分が「ああ桜が咲いたんだ」とか「今日は寒いね。一枚着ようか」と、そういうようなかたちで「寒いね」って言って、暖房のある部屋に逃げ込むんじゃなくて、洋服を一枚ふっと着るような「ゆとり」。そういうものが欲しいなという、気がしてならないんですけど、ちょっとずれましたか?

【岡島】
 いやいや、さすが校長先生、うまい事言うなあと思って、聞かしていただきました。
 堀さんどうですか?今、大人社会がいろいろ言われたなかでね。さっきの続きでも構わないんですが。

【堀】
 やっぱり、親も子どもを見守るという姿勢を、自然の中から親も、それを教えられてきたんじゃないかなと思いますね。何でもやってやってって言うんじゃなくて、まず、自分でやってみる、っていうその気力を養っていく事ができました。先程も杉原先生のお話に出ましたけれども、寒い、暑い、苦痛に耐えれるのは、鈍いんじゃないか、と学校の中では思われてるかもしれませんけれども、どの子よりも多分精神面は非常に強いので、何があっても自分でうろたえずに、対応していってくれるところが十分にある子どもに育ったかな、というふうに見てます。だから多分、その愛情という面で親は必要だと、子供たちも思ってくれてるとは思うんです。でも、親がいなくても、自分は生きていけるぐらいの気力は持って育ってくれてるんじゃないかなと信じております。

【岡島】
 ありがとうございました。
 親もやっぱり教えられますかね?

【堀】
 教えられますね。やっぱり。

【岡島】
 一緒にいて。

【堀】
 はい、子供から教えられる事も多いですね。自然の中に入って親が「え?こんな事直面したけれど、どうしよう?」と焦った時に、子どもの方が解決法をポッと持ってきてくれたり。あとは、ゴミを拾いながら歩いている子どもが、お兄ちゃんの中でひとりいまして、で「今回はどうしたの?」って言ったら「自分でテーマを決めて、山、登っているんだ。だから今回のテーマは、ゴミ拾いが自分の中のテーマだったんだ」って。言ってる姿を見た時に、何か熱いものがこみ上げてきましたし、やはりそれは、自然を通してでないと、なかなかそういうとこって見えないと思うんで、それも非常に感動いたしました。

【岡島】
 親も教えられるって言ったんですけど、大体40才ぐらいから下になると、親も自然の中で、遊んだ事の無い人がたくさんいて、親も一緒に習わないと、カブトムシの取り方だとかハゼの釣り方だとか、私らの世代だと当たり前の様に思っている事も知らない。親子揃って全くそういう経験が無いって方もいらっしゃるんで、我々はそれを子どもだけじゃなくて、その親の世代ぐらいまで、頭に入れとかないと、動きがおかしくなるのかなあと思いますね。

【浦田】
 お話を聞いているとやっぱり、都市部のお話しで、私が住んでいる所が田舎なので、私も、最初は自然体験って、特別なものだと思っていたけれども、日々が自然体験なんですよね。
 先日おもしろい事がありまして。今私あの、子どもが生まれるので、里帰りで福岡市にいるんですね。で、うちの一番目の子は、5才なんですけれども、その子は福岡市の保育園にしばらくの間通っているんです。紙芝居かなんかでクマが出てきたらしくて、うちの、広島ではクマは出るわけなんですよね。で、クマに出会ったらどうやって逃げるのかって事を保育園で習うわけですよ。
 で、紙芝居を聞いてうちの子どもは「クマに出会ったらね、こうやって逃げるんだよ」って言って先生の前でやったら、みんなが「へ?何でそんな事、知っているの?」って言ったら「保育園で習った」っていうのが。普通にクマに出会うって事があり得るわけだからですよ。

「イノシシって美味しいね」
 それから、こんどは保育園の他の子と一緒に動物園に行ったんですよね。そしたらイノシシがいますよね。「これって美味しいんだよ」って言うんですよ。うちで解体して食べるわけですよね、普通に。で「お刺身でも食べられるんだよ。でも子どもはもしかしたらあたるといけないから、子どもは食べられないの」とか、いう話をしていて、あ、これが田舎と都会の違いでなんですね。
 まだ私が住んでいる所では、遊びの中にそれが残っています。普通にそれが残っている風景のところに、都会の子どもがもっと交じって、普通に遊んでいる子どもたち、普通にクマが出たら、どうやったらいいのかって知っている子どもたちと交じり合う事で、普通を取り戻せたらいいなあ!って。まあ、そういうところも、残せたらいいなっていうふうに、思いながら、聞いていました。

【岡島】
 でも今の浦田さんのような村ってのは、もう絶滅危惧種に近い所で、浦田さんところは普通かもしれないけど、日本全部で見ると、もう本当に普通じゃなくなっちゃってるんですね。ですから、浦田さんのような所が普通になるといいな、ってのはまさにそうだと思うんです。
 杉原先生や私たちの子どもの頃は、東京だってそれに近い感じだったんですね。それがこの50年ぐらいの間に、大きく変わってしまった事が問題なんです。羨ましいですね、浦田さんとこのお子さんはね。
 あと5分ほどで終わらなきゃいけないんですが、お三方、あの、もう一言ちょっと言い足りないって事がありましたら。杉原先生、やっぱりありますか?

【杉原】
 いやあの、特に無いんですけれど、ただこの『トム・ソーヤースクール企画コンテスト』に、お礼を言わなきゃいけない。それだけ言わしていただいてよろしいですか?

【岡島】
 はいどうぞ。 

【杉原】
 実は第一回のグランプリをいただきまして、賞金100万円ってこれ大きいんです、公立学校のお金。今度受けられました伊座利小学校ですか、それと軽部小学校の方も同じだと思うんですけど。
 というのは、賞金100万円、そのまえに、ノミネートをされるだけで20万円いただいてますよね。すると合計120万円いただいてます。これ本当に助かりました。
 その賞金を、私これどうしたんだろうと思って見たら、コンピューターで私の分配方法が書いてまして、一昨年、いただいた時に公開したんですよね。渋谷区に、教員にも保護者にも。そして、まず30万円を、この飯田自然体験学習の資金として、毎年10万ずつ積み立てますよと。という事は今年、来年までは10万ずる余分にあるんで、これはもの凄く大きいんです。そのあとの20万円はですね、コンピューターの、『畑と英語とコンピューター』という、大きなテーマで学校経営してたもんですから、コンピューター整備で20万円を使わしていただきました。それから、あとの30万円は、ちょうど文部科学省、それから東京都の研究奨励とか推進校をやってましたから、そちらの方の費用に充てております。
 それで、あとの10万とか20万とかいうのは、飯田の、今までお世話になった人に10万円、そして最後の10万円は、いわゆる自然体験学習の校長の、ある意味じゃあ自由に使える裁量にするよって事を、文書で合議いたしました。これがもの凄く評判でした。教員がほんとに、私を信頼してくれました。親もです。「え、これだけオープンにするの?」と言うわけです。それが今あの、学校が評価されている大きな原因になっているんじゃないかと思います。

「企画コンテストを全国に広めるのが私の使命」
 そういう意味で、この、すごい大金をいただけたという事を、心から感謝し、学校のために感謝したい。それで、これだけ素晴らしい賞を、全国に広めなきゃいけないなというのが、私の使命だと、半分使命だと思っています。ですから是非あの、今日おいでになったみなさん方は、トム・ソーヤー企画、十分ご存じだと思うんですけれど、「トム・ソーヤー企画ってのがあるんだよ」と、自分の学校にまず訴えていただいて「出そうよ」と。で、総合的な学習、今日、軽部小学校の例を見て、すごいプログラムでやっておられましたけど、あれよりうんとレベルの低い意味では、ほとんどの学校がやってるんですよね。
 でも総合的な学習の時間でやってる自然体験でも、「出そうよ」という意欲のあるような、意識にしていくっていうのが、底辺を広げるひとつの要因かなという気がして、私も、できるだけ応援いたしますので、みなさん方と、それから財団の方と一緒になって、この運動を広めたいなと思います。
 お礼に代えて全然関係無い事になりましたけれど、ありがとうございました。

【岡島】
 はい。ついでに付け加えますと、しっかりした先生でですね、文部科学省の『子どもゆめ基金』、ご存じの方も多いと思いますけど、1,500万円申請してもらっちゃったんですね。これまた大変なもんでして。もらったって、自分でもらったんじゃないですけどね。それであの活動のDVDを作って全部公開して、全国に活動しているんで『エヴァンジェリスト』を、まさにやっていらっしゃるんですね。
 はい、それではもう一言ずつ、浦田さんお願いします。そして最後に堀さんお願いします。

【浦田】
 あの「今日、こんな事を話して」っていうのをメールで送っていただいた中にですね、「指導者の育成はどうされていますか?」っていうのがあったんですよ。で、私たちは、さっき言ったように、広島市とか、周辺の沿岸部から来るスタッフと、地元のおじちゃん、おばちゃん、おじいちゃん、おばあちゃんと参加者、という3つの、種類を分けるとしたら、スタッフが、地元の方と訪れる方を結ぶ役ができたらいいね、というふうに思っているんです。
 なかなか、近くで同じ様な活動をしている所がまだ少ない事と、指導者を育成するようなプログラムを行っている所に出会う機会も少なくって、スタッフは機会を見つけてはレクレーション協会とか、キャンプ協会とか、あと自然体験活動推進協議会などが行っている養成講座に行って、資格を取るって事をやっているんですね。
 でその資格を取る事で、ちょっと資格を持っているから、どうこうっていうのは無いかもしれないけども、やっぱり来てくださる方に「指導しているのは誰ですか?」と言われた時に、「こんな資格を持っている人です」と言うだけで、なんか安心するというところ、があるんです。それでもあの定期的に、いろんな研修を行っていきたいし、よその情報も知りたいしっていうところでですね。

 で、杉原先生が「100万円でこんな活用をしたんだ」っていうふうなお話しをしたあとにですね、あれなんですけれども、もっとですね、もし『トム・ソーヤー』にお願いする事ができるんだったら、その指導者養成の機会をですね、作っていただけたら、是非参加したいなって思いますし、こうやって受賞された方々と一緒に、いろんな情報交換をする機会だとか、学び合う機会だとかがあったら素敵だなと、お金の無い私たちは思ってしまいます。
 今後ともよろしくお願いします。ありがとうございました。

【岡島】
 はい、ありがとうございました。
 では、堀さん、お願いいたします。

【堀】
「家族で山に登っていた頃を、楽しかったと言える日を夢見て」
 あともう少しで、子どもたちが巣立っていく、子どもたちも出てくるのかな、って思いますと、家族みんなで手をつないで、山を登ってた時期、あとになって子育てを振り返って、、「あの頃は一番楽しかったな」っていう、大変な子育ての毎日ですけれども、そう思える日を夢見て子育ても、親子で楽しめる事も、今いっぱい、いっぱい時間を使って、子供たちと接していける時間を作っているところなんです。
 自然を通して、親子の関係、というものも感じる事ができますし、周囲から「そんな呑気な事をしてていいの?」って言われた時期も多々ありますけれども、でも、ほんとにこれでよかったんだなって。楽しい思い出がいっぱいできて、親子の間で、今でしか作れないものが作れたんだな、っていうことを、大切にしています。でその方針でもないんですけれども、」方針に自信を持って、揺るがない気持ちで、下の子2人、4才と2才の子どもの子育てに、また頑張っていきたいな、と思っております。
 本日は本当に、皆様のいいお話を聞かせていただきまして、いい体験と勉強になりました。ありがとうございました。

【岡島】
 はい、ありがとうございました。
 財団にもう少し頑張って欲しいというご意見と、指導者同士の会とかですね指導者の育成などについて、さらに、親子の絆を深めてよかったと。もう帰ってきませんね、黄金の日々ですね。よかったですね。
 それではあの、時間になりましたので、この辺で終わりにしたいと思います。
 どうも皆さんありがとうございました。