万世小トンボ&自然探検隊
主催団体 米沢市立万世小学校

9月の山形は芋煮の季節
 「万世小トンボ&自然探検隊」の活動を見せていただこうと訪れた9月の山形県は、芋煮会の季節だった。米沢駅から乗ったタクシーの運転手さんに「今何がおいしいですか」ときいたら、「そりゃ、芋でしょう」という返事だったのである。その夜、食事をしたお店で、早速芋煮をつくってもらった。里芋、牛肉、蒟蒻、玉葱があつあつで器に盛ってある。味付けは醤油。ビーフのうまみがとれたての里芋に染み込んで、なんともうまい。

 この時期週末になると、松川や羽黒川など米沢市内を流れる川の河原は、芋煮の鍋を囲むグループでごった返すらしい。「付き合いの広い人は毎週通うほどだから、場所を確保するのに一苦労なんですよ」とおかみさんが言う。家族、職場、友達、ご近所などがグループごとに大きな鍋を河原に持ち出し、大きな石を拾い集めてきて竈を作り、薪を焚く。米沢市内のコンビニでは薪も売っている。流行のアウトドア用クッキング道具を河原に持ち込む人達はいないというから、自然石で竈を作り、薪を燃やして大鍋を煮るところに野趣にあふれた面白さがあるのだろう。
 同じ芋煮会といっても、庄内地方は味噌に豚肉、米沢地方は醤油に牛肉と味付けのベースは違うらしいが、芋煮会とは豊かな自然があってこそ楽しむことができる行事であると思えた。それがトンボ探検隊の活躍する風土なのだろう。

雨の日はトンボはお休み
 前夜はきれいな下弦の月がみられたのに、4回目の自然探検隊活動日である9月28日は、朝から雨だった。「雨の日はトンボも出ませんので、今日の活動はお休みです」と電話の小形先生もが残念そうである。ではお話だけでも、とお願いして会場となる万世小学校へお邪魔することにした。

 米沢駅から東へ車で15分、米沢市立万世小学校の周りは、小高い丘や水田が広がっている。校門を入ると赤いレンガが雨に濡れる校舎の壁面に「おめでとう100周年、ありがとう100年」と書かれた横断幕が掲示してあった。万世小学校は明治34年に発足、平成13年に100周年を迎えている。
 午前9時前、玄関を開けると小形義和先生が出迎えてくれた。応接室に案内していただき、早速お話を伺うことにした。小形先生は万世小学校の校長先生、去年赴任してきて、たくさんの自然に囲まれている素晴らしさに、子供たちが気づかないことを残念に思った。休日といえば家族でレジャーランドへ出かけていき、遊びはテレビゲームが一番の人気、近くにコンビニエンスストアができることが、便利な暮らしの象徴として歓迎される。一家に一台どころか家族一人に一台の車があり、近くの郵便局へいくのにも車ばかりで、ひょっとしたら地下鉄の階段を上り下りする都会の人よりも体を動かす機会が少ないのではないかと思える。子供たちにとっては、周りの自然が豊かであればあるほど、日常生活を不便にさせるものであり、開発されて便利な暮らしとなることを望んでいる。

トンボの生態を知れば、自然のことが見えてくる
 小形先生はこうした環境の子供たちに、万世小学校が囲まれている自然を理解させることで、自分達の暮らしを考えるきっかけを与えられないものかと考えた。そこで、取り組んだのがトンボの観察である。小形先生自身がトンボに魅せられて10年以上になる。その生態を知れば知るほど、面白くてたまらなくなる。トンボの魅力を子供たちに理解してもらいたい気持ちが、トンボ探検隊の企画になった。

 探検隊の目的は次の二つ。
(1)トンボを中心とした自然観察を通して、自分達の住んでいる万世地区のよさを理解する。
(2)トンボなどの観察を通して、自然にふれ、自然の不思議さやすばらしさを感じとる。日時は、
   第一回 初夏のトンボと自然 6月8日 9時~12時  
   第二回 真夏のトンボと自然 8月3日 9時~12時 
   第三回 鳴く虫と自然    8月17日 19時~21時 
   第四回 秋のトンボと自然  9月28日 9時~12時、
 場所は万世地区の池や沼、湿地、川そして野山である。

 小形先生が考えたのは、親子で参加してもらうということだ。先生が若い頃教えた子供たちが今の生徒たちの親となっていて、サラリーマンになった親たちからも、自分たちの住んでいる地域についてもっと知りたいという希望を聞いた。親子が一緒になって自然体験ができれば、楽しさは倍増するに違いない。

トンボの話しをすると止まらない
 トンボの話をする小形先生は生き生きしている。肉食のトンボは害虫の幼虫を食べるので、古来から益虫とされていたこと。メスが卵を水辺に産み付けるときはオスがかいがいしく警護しており、上空を旋回したり連結したままだったり、トンボの種類によって異なる様子を、自分で撮影した標本でみせてくれるのだから話題は尽きない。
 途中から小形先生と一緒に子供たちを指導している雨田祐二先生も同席してくれて、パソコンに入れてある探検活動の写真を見せてくれた。「小形先生がトンボの話を始めると止まんないですからね」と笑っている。

 トンボ探検隊は沼や湿地で長時間静かに観測するのだから、低学年だと辛抱できずに大きな声を上げるかも知れず、対象は4年生以上にしている。参加してくれたのは6名の生徒と保護者のみなさん。人数が多すぎると湿地が踏み固められて乾燥してしまう恐れがあり、また、大きな声を立てずに説明を聞けるという意味では、ちょうどいい人数である。長袖、長靴でしっかり装備をして、観察地へ入った。観察のポイントは、トンボの縄張り行動、交尾や産卵行動、体の色や大きさ、ヤゴの生活などである。

だれでも博士になりたい
 観察できたトンボの種類は11種類、全身真っ赤になったハッチョウトンボや、縄張り争いをするヒガシカワトンボ、縄張り飛行をするクロスジギンヤンマなどを確認できて、親子ともども大感激だった。
 雨田先生が担当した「鳴く虫と自然」の会は、万世小学校の校庭を回るだけで13種類の虫を観察できた。暗闇の中で泣き声のする方向に、そっと懐中電灯をさしかけると、一生懸命震えて鳴いている虫の姿が見えたという。

 小形先生と雨田先生が意気投合して始めた自然探検隊の狙いは、自然に対する興味を増してもらいたいことである。漠然と回りに存在していたトンボや虫たちに名前が付き出すと、子供たちの表情が変わってくる。誰でも博士になりたい気持ちを持っているから、ちょっとしたきっかけを作ってやるだけで、虫博士やトンボ博士が誕生して、自然の大切さに気が付いてくれるに違いないと考えている。
 小形先生たちは、地域には星や野鳥やメダカ、水草などに詳しい人たちがたくさん住んでいて、そうした人たちともこれから協力していきたいし、生涯学習や里山ブームの中で、全国的なネットワークに広がっていけたら面白いと思っている。

 小形先生のような自然探検を楽しんでいる指導者がいてこそではあるが、何よりも、自分たちが住んでいる小学校の校区の中で、身近な自然を探検することから始めていることに、大きな意味があるように感じた。